家を せおって 歩いた

家を せおって 歩いた

著者:村上 慧

発行:2017/04

夕書房

 

家族を背負って の せおってなんかではなくって、

発砲スチロールで作った 小さな家 に著者が入って担いで、

路上で突然この 小さな家 に出くわした 人 から見ると、

家のゆるキャラが歩く如く、家に足が生えて歩く如く、

東京を出て 青森 宮崎 と経由して 東京 へと戻ってきた、

「移住を生活する」美術家の369日の旅の記録。

こんなことをする人がいるなんて考えもつかなかった。

世の中には 面白いことをする人がいるもんだね。

 

読んでみて気になったところ

いま日本には670万戸もの空き家があり、問題になっている。(中略)これから新しいものを建てる必要なんてあるのか?P24

家の最大の機能は「寝る場所の確保」だということ。これさえなんとかなれば、洗濯やお風呂やご飯は外でもどうとでもなる。P32

自分のそれまでの経験だけでは及びもつかないような社会や覚悟や個人の生き方がこの世界にはたくさんあるのだと、いつも忘れないようにしないといけない。P59

この潮目はその波で生まれた瓦礫を使って建てられた。(中略)美術とか建築の価値、評価について考え直してしまう。こういうものこそ「みんなの家」と呼ぶべきなのでは。P86~P87

道を歩くよりもインターネットの中のほうが情報があるというのは錯覚だ。錯覚に対抗するには歩くしかない。P179

しかしこんなに良い月と寝られるなんて。(中略)大雨の中、雨漏りと戦いながら寝たあの夜に感謝したい。あのときのうんざりがあるから、いま幸せを感じられる。(中略)いつも同じ環境に、安心、安全、便利、快適な環境に寝てたら、こんな激しい喜びは味わえないと思う。今夜の満月を世界で一番堪能している。P180

住職さんはつづけた。「みんな自分の中にある闇を見ようとしなくなっている。『人に迷惑をかけ、煩悩にまみれながらも生きていかなくちゃいけない』事実と向き合おうとしない。だからボランティアが流行る。すべてのボランティアがそうだとは言わないけれども、自分は『人に迷惑をかけない人間』でいたい、『人のために尽くす自分』でいたいというのは傲慢だ。(後略)」P231

おばちゃんが迎えてくれた。(中略)「昔は居場所なんて至るところにあったのにな、住みづらい生きづらい世の中になってしもうたな。こんな田舎でも、心を悪くしてしまう人も増えてきててなあ」P233

ある一定の日数以上移動しない日がつづくと、移動したくなくなってくる。そうするとなぜか思考が暗黒面に陥りやすくなる。絶望する暇を頭に与えないためにも移動は良い。P257

自分の職場だけで日常が完結している人は、その職場の中で敵をつくってしまう。せまい世界の中で簡単にいがみあったりしちゃう。映画「インディペンデンスデイ」で、地球が宇宙人から攻め込まれた途端に、あらゆる国が争いをやめて団結し、宇宙人に立ち向かうのと逆だ。P264

油断するとすぐに、自分の身内から学ぶことを忘れる。自分が学ぶべきことは、本やテレビやインターネットや有名人のセリフの中にだけあるように思い、友達や家族からは学ばなくなる。これはこの社会の刷り込みだと思う。二次情報三次情報があふれ、それだけに価値があるかのように錯覚してしまう。危ないことだ。人と話すとき、いつも授業を受けるような気持ちで向き合う姿勢を忘れないようにしたい。P265

生後間もない赤ちゃんは、真っ白で罪のない存在ではない。生まれた国と時代と家庭環境によってあらゆることが事前に決まってしまっている。生まれた瞬間にせおった業から逃げることはできない。この世界には正義VS正義の構図しか存在しないし、日本人として生まれた以上、どんな事情があろうと、敵にならなくちゃいけない相手がいる。P276

 

1ページ約1000文字で、約300ページに及ぶ日記は、

なかなか読み応えがありました。

あたり前だけれども新鮮な指摘が随所にあって、

はっとすることがたくさんありました。

家で歩いていると、自分が前に進んでいるのではなくって、

地面が後ろに動いているような感覚になるらしい。

でもそれ、わかる気がする。僕もそう感じる時があるから。

著者の活躍を追いかけてみたいですね。

(2017年の34冊目)

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