「日経平均10万円」時代が来る!

「日経平均10万円」時代が来る!
著者:藤野英人
発行:2024/1
日本経済新聞出版

藤野さん、大風呂敷広げたなぁー。
でも、見えるんだろうな。

読んで気になったところ

 ご存じの方も多いと思いますが、「伊藤レポート」の多岐に渡る指摘や提言の中でも特に重要だったのは、「ROE(自己資本利益率)の目標水準8%」を宣言したことです。P20~21

 そして今、私は日本がデフレからインフレへと転換しつつあると考えています。おそらく、再び日本の株式市場は激変するでしょう。P70

(前略)今後は、競争力があって自社の商品・サービスの値上げを実施でき、それによって給与など従業員の待遇を改善できる企業だけが生き残って成長していくことになるでしょう。(中略)労働力不足が日本にインフレを引き起こす大きな要因になるのです。P81~82

(前略)しかしEV化が進めば、リチウムなどの希少金属の需要がさらに爆発することになります。今後、天然資源価格の上昇は避けられないでしょう。(中略)
 私は、日本においてインフレ経済はすでに始まっており、長期的に続くと考えてよいと見ています。P85

「日経平均株価10万円」は、①インフレの進展、②大企業の変化、③次なる希望を示す新興企業の台頭の3つが揃わなければ達成しないかもしれませんが、私は大企業の変化と新興企業の台頭については楽観しています。「10年後に日経平均は10万円になる」と言っているのは冗談ではなく、本気です。P89

◎デフレで「仕事嫌い」「会社嫌い」になった日本人(中略)
日本の働く人たちは「自己研鑽」の気持ちも低い
2022年に行った調査
研修・セミナー、勉強会等への参加 11.6% 最下位
通信教育、eラーニング 7.1% 最下位
語学学習 9.9% 最下位
副業・兼業 8.9% 最下位
NPOやボランティア等の社会活動への参加 3.4% 最下位
勉強会等の主催・運営 2.9% 最下位
大学・大学院・専門学校 1.7% 最下位
とくに何も行っていない 52.6% 圧倒的1位
P106~109

◎投資の第一歩として「ありがとう」を言う
 そこで、今すぐできることとして皆さんにぜひやっていただきたいのが、「ありがとう」を言うことです。(中略)
 たとえばコンビニのレジで会計をしたとき、店員さんに「ありがとう」と言ってみましょう。職場でも、車内外の人に積極的に「ありがとう」を言ってみてください。もちろん家庭内でも「ありがとう」を増やしていきましょう。(中略) 
◎「ありがとう」が生む大きなリターン(中略)
リスクゼロで意外に大きなリターンが見込める投資なので、ぜひ皆さんも実践していただければと思います。
P110~112

投資でAIに勝つには「10年先」を見る(中略)
◎10年先を見る投資が、結果的に短期の運用成績も上げる(中略)
いずれにしてもここで重要なのは、「10年後の未来は、すでに存在している」ということです。(中略)
「あるべき未来を提示して選択していくという投資こそが、結果的に儲かる」。そう私は信じています。P128~134

 IT業界で成功した人たちがこぞって宇宙を目指すのは、道楽やロマンではありません。彼らは、宇宙ビジネスが近い将来に大きく成長することを確信しているのです。P166

(前略)これからは業界の融合が進むだろうということです。(中略)業界の枠を超えてビジネスを拡大していく融合型企業が台頭していくことになるでしょう。P208

 本書で著者は、「けっしてバラ色の世界というわけではありません」とも言っておられますが、持つ者は豊かな、持たざる者には厳しい時代が到来する、ということでもあります。

 なんか、そんな気がしてきたな(笑)。恐ろしくもある。大変な時代が来るな。

 自分の半生を振り返った時、いま思うのは、半分は捨ててしまって、もう半分は新しいことに挑戦しないと面白くないだろうなと思っています。

 僕は、本業以外にいくつかの副業をしていますが、本業とは全く異なる業種の「ありがとう」というお客様の言葉、本業では知り得なかった業界の人達の言葉に、本業で荒んだ心を癒され、働く喜びを再認識し、誰かの役に立って社会の歯車の一つになる喜び、家族の存在への感謝の気持ちの気付きなど、副業には本当に助けられてきました。

 余談でしたか(笑)。

 面白い本でした。是非一読をお勧めいたします。サクっと読めますよ!

機動戦士ガンダムSEED FREEDOM

機動戦士ガンダムSEED FREEDOM
見て来ちゃいました。

色々なシリーズのガンダムがありますが、
SEEDは好きですね。

とにかくSEEDの世界観が良かった。
そうきたか!そうきちゃう!やっぱだね!
ニヤケるぐらいファンサービスばっちり。

「必要だから 愛するのではありません」
「愛しているから 必要なのです」
名言だな。

ごちゃごちゃ言わんと、
童心に還って楽しんで!

キラ・ヤマト フリーダム 行きます!


87歳、現役トレーダー シゲルさんの教え

87歳、現役トレーダー
シゲルさんの教え
著者:藤本 茂
発行:2023/11
ダイヤモンド社

読んで気になったところ

①増収・増益になっているか?
②増配になっている、あるいはその余地があるか?
③「PER」「PBR」は割安か?
④ローソク足は「買い場」「売り場」を示しているか?
⑤RSI(相対力指数)の数字は「売られすぎ」「買われすぎ」ゾーンにあるか?
⑥売買が活発に行われているか?
 P017

収益率のなかでも、とりわけ「経常利益」「純利益」を見るようにしています。 P134

一目均衡表 P173

買われたものを売りに行く。売られたものを買いにく。
買うタイミングは、「安い」と思ったときですし、売るタイミングは「高い」と思ったとき。基本的には、それだけの話です。
 P176

RSIは私のなかではかなり有力な指標として、日々取引履歴を書き留めるノートにも記載しています。 P178
RSIが29%であれば、思い切って買ってもまず失敗しません。 P179

まずはRSIとローソク足を駆使して買い時や売り時を判断するのが基本。そして、使いやすいテクニカル分析を試してみて、自分のやり方を確立することをオススメします。 P182

『会社四季報』を使い倒す
全ページに目を通します P189

「仕手株」にはご注意を P229

薬を飲んで健康のために生きる生活より、何か1つでも打ち込めるものを見つけて、その打ち込めるものを追求するために時間を使ったほうが、「最後まで自分の人生を全うできた」と言えるのではないでしょうか。私は心底、そう思うんです。 P257

「相場師は孤独を愛す」 P269

恐れ入りました。_(_^_)_

著名なトレーダーですが、新聞広告で著書の出版を知り、

買い求めて、読ませていただきました。

共感したところ、教えを請うたところ、多々ありました。
非情にシンプルに解りやすく書かれており、やはり著者は非凡な才能ある超努力家の本物中の本物の歴戦のレジェンドトレーダーだと思いました。

面白かった~。
死ぬまで現役のスタンス、最高ですね!

伝藤原秀郷居館跡ほか散走!

1/14 11:40頃、Dwaf galaxy号 (BS スニーカーライト SNL163)で自宅を出発。
寒いけど、いい天気だね。

多摩サイ左岸の羽村取水堰0キロポストにて。
(たまリバー50キロ)
のんびり気ままにマイペースで走ろう。

寒波の影響か、向い風が強い~~~。
服装はどのくらいの負荷で走るかによって変わるけど、本気で走るなら専用ウェアで、のんびりペースなら気楽に軽くて風を通さない暖かい格好でいいんじゃない。
オイラは、下は厚地の黒のレーパン(パールイズミの昔買ったやつ・おしりにパッド入り)、上は厚地のヒートテックに息子が着古したユニクロのパーカーにワークマンの防風ヤッケ(笑)でした。

向かい風が強いこんな日は、人出が少なくて、サイクリストにとっては空いていて走りやすい一面もある。
ランナーや歩行者と交錯するときは余裕をもって前後左右の安全確認をして、広いとはいえない多摩サイを快適に利用したいものですね。お互いにありがとうの合図は嬉しい。
走行ペースは暖機運転から巡航速度へ徐々に自然とペースUP!

12;45頃、JR中央線多摩川橋梁に差し掛かった時に、先週の右岸を思い出したので寄ってみる。

明治22年(1889)架橋の橋脚と橋梁。築135年の貴重なものです。

13;00頃、日野橋を潜って立川公園陸上競技場の付近にて、中央の遥か彼方に富士山が見えます。

まさにサイクリング日和。

時々止まって付近の史跡を検索、僕好みの中世の戦史ものを探してみる。

沿道の東屋や公園のベンチでお弁当を食べているサイクリストが多いと思ったら・・・そういえば、起きてから何も食べてなかった・・・そろそろ電池切れ(笑)です。

関戸橋~京王中川原駅界隈で食べ物屋さんを探してみるもお店が少ないようで・・・。
13;35頃、劉記(府中市住吉町)さんに入ってみました。

頼んだのはやはり大好物の天津丼。

たぶん中国系の方のお店で、本格的な街中華は具沢山でとても美味しかった~!
配膳のお姉さんも愛想よく可愛らしくてグ~ッでした!
メニューに天津丼があると必ず食べてしまうオイラです。
(好き嫌いのあまりないオイラの数少ない大好物)

チャージ完了、行き先を検索っと。
(この無計画行き当たりばったりがソロでは楽しい)

14;05頃、分倍河原古戦場碑に寄ってみる。
時は中世・鎌倉時代の終わり、新田義貞軍VS北条泰家軍の戦いです。

案内板によると

東京都指定旧跡
分倍河原古戦場
所在地 府中市分梅町2-59新田川分梅公園
指 定 大正8年10月
 文永(1274)、弘安(1281)の役を経験した頃、北条執権政治は根底からゆるぎ御家人救済の方法として徳政令を発布したが、これがかえって政権破滅の速度を早めた。元弘3年(1333)5月、新田義貞は執権北条高時を鎌倉に攻めるため、上野、武蔵、越後の兵を率いて上野国新田庄から一路南下し、所沢地方の小手指ヶ原で北条方の副将長崎高重、桜田貞国を破り(5月11日)、さらに、久米川の戦で優勢に立った。北条方は分倍に陣を敷き、北条泰家を総帥として新田勢を迎撃した。新田勢は破れて所沢方面に逃れたが、この時、武蔵国分寺は新田勢のために焼失させられたという。その夜(5月15日)、新田勢に三浦義勝をはじめ相模の豪族が多く協力し、16日未明再び分倍の北条勢を急襲し、これを破って一路鎌倉を攻め22日に鎌倉幕府は滅亡した。
 平成10年3月建設 東京都教育委員会

※文永・弘安の役 ⇒ 蒙古来襲

栄枯盛衰ですな・・・。

14:20頃、首塚古墳(府中市美好町3丁目)に寄ってみます。
正式には、高倉古墳群27号墳というらしい。お参りさせていただきました。
東西南北とも削り取られて中央部分のみ残って、古墳にせよ塚にせよ神社にせよ周りが様変わりしていて、うら寂しい感じがしていました。

案内板はありませんが、元は直径10m程の円墳だそうで、今は過半が削られているらしく、銅製品等が出土しているようで、他に「江戸名所図解」では分倍河原の戦いで討死した兵士の首塚・胴塚などとも称されているようです。

14;30頃、伝藤原秀郷居館跡(高安寺城跡)へ。
凄い立派な山門ですね。驚いた!
畏れ多くて潜らずに脇を通りました。

案内板によると

東京都指定歴史的建造物
高安寺本堂・山門・鐘楼
所在地 府中市片町二丁目4番1号
建設年 本堂 享和3年(1803)
    山門 明治5年(1872)
    鐘楼 安政3年(1856)
 龍門山高安寺は歴応年間に創設された臨済宗建長寺末であった。後に小田原北条氏滅亡後、慶長年間宗洞宗海禅寺の七世により再建された。
 本堂は木造平屋建て、屋根は寄棟造銅板葺(旧茅葺)、六つ間取で内部正面に広縁、両側面に入側縁から構成されている。内陣や大間の組物廻りに意匠を凝らした点に特徴が見られ、大縁(八尺間)は禅寺基本の姿をとどめている。
 山門は本堂の東方に位置する規模の大きい二重門である。木造(柱・梁等の構造材は全て欅)二階建てで、屋根は入母屋造銅板葺、柱は全て円柱である。初層の左右からも出入りできる点に特徴がある。
 鐘楼は本堂の北東、庫裏の前方に建っていて、木造(柱・梁等の構造材は全て欅)、袴腰付きで、屋根は宝形造銅板葺である。虹梁型頭貫の木鼻位置には龍の丸彫を配し、支輪板には鶴の浮彫彫刻を施すなど、山門と同様、彫刻装飾を多く取り入れている。
東京都生活文化局

まずは本堂にお参りしてから。

案内板によると

当山略縁記
 当山は往古 田原藤太秀郷公の館跡といわれ、その後市川山見性寺(宗派不明)が建立されたと伝えられている。しかし後に足利尊氏公将軍となるやこの寺を改めて、安国利生の祈願所として、龍門山高安護国禅寺を再建した。これは尊氏が全国(66ヵ国2島)に建立した安国寺の一つで、武蔵国のそれが当山である。
 当時は鎌倉建長寺末の臨済宗で、開山は大徹心禅師であった。時に歴慶年間と伝えられる。その昔は大伽藍で塔頭十院末寺も75院あり、寺領も広く東は代田村、西は貝坂、南は向山、北は山口に及んだという。
 その後兵乱の間しばしば将軍家の陣所となり、小田原北條氏の庇護も受けたが、暦年の兵戦を経て衰えて大利の姿も失っていった。時に慶長年間青梅の海禅寺第七世関州徳光禅師が、当山を再興し、済派を改めて宗洞州となり今日に至る。開基足利尊氏公の発願である安国利生の祈願所として、毎朝朝課前に、大般若経転読の祈祷を行なっている。
 本尊釈迦牟尼如来(文珠・普賢の三尊仏)
  みどころ
一、弁慶硯の井 見性寺と呼ばれた頃の事。義経は兄頼朝の怒りにふれ腰越まで来たが、鎌倉入りは許されなかった。やむなく京都へ帰る途中、暫く見性寺に足どめし、弁慶等と叔免祈願のため大般若経を写したという。その時裏山から清水を汲み取ったたので弁慶覗きの井の遺蹟がある。
一、秀郷稲荷 田原藤太秀郷公を当山鎮守として裏山にに祀る。
龍門山 高安寺 

弁慶硯の井戸は本堂の裏手(西側)にあるようです。
方位 北は↓ です。

秀郷稲荷大明神の北側の斜面(階段)を降りると、

弁慶硯の井戸がありました。

ふり返ると、

見事な自然崖を利用した土塁の遺構が残っているのではありませんか?
外周の道路を自転車で周って確認しましたが、西・南・東の三方を自然断崖を生かし、北方は恐らく人工的な空堀や土塁等で囲い、解説板にあるように非常時は城塞となる寺院だったのではないかと・・・埋もれた歴史に人々の営みや雑兵達の息吹や兵どもが夢の跡を感じてしまいました。

15;05頃、三千人塚へ。

塚の上には立派な榎が。

多摩地区最古の板碑ですって。

案内板によると

東京都指定史跡
三千人塚
所在地 府中市矢崎町二丁目21番2号
指 定 平成17年2月22日
 三千人塚は、江戸時代の地誌『武蔵名勝図絵』などにも紹介されている由緒ある塚です。塚の上には、多摩地区最古となる康元元年(1256)の板碑が建ててあり、「板碑の立つ塚」として、昔から注目されてきました。
 昭和30年に地元の郷土史家により、この塚の西側が発掘調査され、鎌倉時代から南北朝時代の蔵骨器(四個)が出土しています。
 平成17年に学術調査を行ったところ、塚の東側から、石にお経の文字を写した「磔石経」が大量に出土しました。この調査により、現存の塚の高まりは、元弘三年(1333)の分倍河原の合戦で亡くなった三千人の戦死者を埋葬したという伝承とは関係がなく、江戸時代に造られたものであることがわかりました。
 三千人塚は、鎌倉時代から室町時代の在地の有力者一族による小さな塚(墓)の点在した場所が、江戸時代には信仰の対象となり、地元の文化財として今日まで大切にされてきたといえます。
 平成18年3月1日 東京都教育委員会

とのことです。

さて、そろそろ帰途につかなきゃ。

15;20頃、JR南武線の府中本町駅へ。

愛機を折りたたんで輪行バックに収納し、電車で帰ることにします。
バス待ちの老紳士が、僕の方を見て「そりゃあいいアイデアだ」と、感心しておられました(笑)。

福生駅で降りて、16:30頃に遊輪館さんへ。

頼んでいた DAHON K3 の交換用のタイヤを受け取りました。

多摩サイに入って、家路を急がずのんびりと走ります。

夕陽が丘陵の向こうに落ちて綺麗だなぁ。
ふと、人々の営みを感じた一瞬があった。
オートバイもとても楽しいけれども、
自力で漕ぐ自転車もなかなかですぜ!

17:05頃に帰宅して、楽しかった~・・・でも風邪ひきそう。
本日は36キロほど走ったようです。
又、走りましょう。

玉川上水滑走路延長跡

1/8
僕が生まれ育った立川の砂川界隈にて、面白そうな史跡を検索していて、思わず食いついてしまった史跡を発見。

僕の子供時代の遊び場エリアの何気ない謎として、脳裏の片隅にあったけど、もう忘れていた場所が、なんと「玉川上水滑走路延長跡」として、出ているではありませんか!

西武立川駅の南側の玉川上水が、ここだけ暗渠になっている理由について、子供だった頃に「なんでだろう?」と思っていたことを、謎として憶えておりました。

「そうか昭和飛行機の滑走路を延長するつもりだったんだ!」
思わず膝を打ちました(凄いスッキリ・・・そういうことだったのか~)。

この辺りは、旧横田基地、昭和飛行機、旧立川基地、立川飛行機等々、軍都だったわけですが、戦争に敗けて昭和飛行機の滑走路延長計画はなくなったようです。もっとも横田基地の滑走路は戦後に米軍により強引に延長され、牛浜から砂川へ真っ直ぐ抜けていた五日市街道は拝島経由に付け替えられ、今も大渋滞の元になっております。

16時25分頃、懐かしい玉川上水の暗渠の入口側(西側)へ行ってみます(柵の網目から撮影)。
年代物の低いアーチ型の欄干が時代を感じさせます。暗渠の天井部分も緩いアーチ型になっていて、手間を掛けて極力少ない資材で造るという、人件費が安くて材料が貴重だった当時の時代背景が見えてくるようです。

暗渠の出口側(東側)です。欄干が台形型の平面であることが解ります。
暗渠の天井部分の緩いアーチ型もよく解りますね。

今は遊歩道となって、市民の憩いの場所として利用されていますが、この場所に滑走路が延長される予定だったことを知っている地元住民も、興味のない人にはあまり知られていないのではと思われます。

案内板を設置していただけると、史跡巡りの散策が更に楽しくなるのでは思いました。

折りたたみ自転車で散走🐾田村氏館跡 関戸城跡

1/7
11時45分頃に羽村の自宅をDwaf galaxy号 (BS スニーカーライト SNL163)で出発。
さぁてどこに行こうかと走りながら思案するも、なんとなく多摩川沿いを下ってゆく方向で。

何か思い浮かぶと止まって検索・・・走行は極めてマイペースです。
お腹が空いてきました・・・起きてから何も食べてなかった。
( ´艸`)。

12時35分頃、昭島市福島町の福島第五児童遊園に寄らせていただき、ベンチで自宅から持参したドーナツ2個を頬張って、道中の自販機で買った なっちゃんリンゴ味 で喉を潤します。自転車は食べ物を美味しくする魔法です!

小休憩してすぐ出発。いい天気だよ。

立日橋を渡って日野に入ります。そのまま多摩都市モノレール沿いを進んでみる。

13時10分頃、車ではよく前を通る万願寺の一里塚に寄ってみました。

初めて知ったのですが、モノレール沿いの大通りの一区間が旧甲州街道だと思い込んでいたのですが、そうではなくて旧甲州街道は塚の裏側を斜めに通っていたとは・・・愛機の写っている路地状部分が旧甲州街道だったとのことです。

上記の赤丸がここ、万願寺一里塚で、愛機が写っている路地状部分が下記の旧甲州街道の字の下辺りで、多摩都市モノレール沿いの大通りは歩道を含んだ道路となり、車から見える万願寺一里塚は歩道方面からの裏側の眺めだった訳です。

今まで車で、夜とはいえ週に何度も通っているのに、全く知りませんでした。

その辺りで検索してみまして、
13時25分頃、日野市万願寺4丁目にある田村氏館跡に寄ってみます。

田村氏の館跡は、現在 真言宗 智山派 田村山 安養寺 とのことなんですね。
案内板によると、

 安養寺は、その創立は明らかではないが、中世のこの地方の豪族、西党日奉氏の一族田村氏の居館跡といわれる。
 現本堂は再建されたもので、昭和57・58年(1982・83年)の修理時の調査等から、その建立は18世紀初頭を下らないものと見られる。建物は方丈形式で、元は茅葺であったが、大正7年(1918年)の修理時に向拝を取付け鉄板葺とし、上記昭和の修理時に屋根構造を復し銅板葺となった。庫裏も本堂と同時期の建立と見られ、江戸時代に造営された方丈形式の、本堂と庫裏が現存する好例である。

館跡の遺構は、通りすがりの僕にはわからなくて、万願寺中央公園北側の水路沿いの土盛りがもしや(土塁?)・・・とは思いましたが、なんともいえず、後日に市の教育委員会等の資料があれば、見てみたいなぁとは思いました。

13時55分頃、ぐ~~~・・・サイクリングはお腹が空きます。

百草園駅前のスーパーで おにぎり&ランチパック を買って、コーラのベンチでいただきま~す。

その辺りで検索してみまして、
14時30分頃、多摩市一ノ宮にある 神奈川県 水量標識 に寄ってみます。
何で多摩市で神奈川?って思うかも知れませんが、昔の多摩は神奈川だったんです。

後ろの二本の大きなケヤキは小野神社の御神木とのことで、昔はこの付近に一の鳥居があったとのことです。

水量標識とはこれか!?・・・ほとんど判読不能ですが・・・。

案内板によると、

神奈川県水量標識の由来
 この水量標識は、明治25年4月に神奈川県が設置したもので、当時この多摩市も三多摩の各市とともに百年前は神奈川県に属していた資料として貴重なものです。
 判読に不明な部分はありますが、「 水量標零点ヨリ」 拾尺   」 明治廿五年四月」 神奈川縣廳 」と刻まれています。また「水量標零点ヨリ」と刻まれている部分の前にも、さらに一行刻まれていたと思われます。
 当時、氾濫を繰り返していた多摩川の水位を測る目安としていたのではないかと考えられます。
 この水量標識がある場所は、当初設置されていた位置ではなく、多少移動しています。(後略)

とのことでしたよ。

14時40分頃、聖蹟桜ヶ丘の駅前に出てきました。

なにか面白いものはないかと検索してみると、関戸城跡の天守台跡と出てきました。
おいおい・・・ジブリアニメ「耳をすませば」の聖地でおなじみの、いろは坂通りを登れってか・・・うわ~無理だな・・・でも行ってみるか(笑)。

えっほ えっほ 三速の街乗り折りたたみサイクルでは(自転車のせいにすな)・・・鈍った脚にきたぁ~・・・真ん中ぐらいまで来て心臓が苦しくなりあっさり挫折(爆)・・・押し歩き。ショートカットの階段を愛機を抱えて登ります。それはそれでキツイ。

14時50分頃、山の上に到着。天守台(関戸城跡)の案内を見つけた。
そこへお散歩中のラブラドールが寄ってきた。
「おいでおいで」抱きつかれる!重~い。尻尾ふりふり超御機嫌。
可愛いね 。(⋈◍>◡<◍)。✧♡
好かれるって悪くないな・・・最近、人(♡)に好かれてないし・・・(爆)。

案内によると、

 桜ヶ丘一丁目の金毘羅宮(琴平社)付近を「天守台」などといい、一帯の山を「城山」ともいう。多摩川に面し、武蔵野台地を一望できる絶勝の地であることから、鎌倉幕府以来の物見台的城塞として敵を察知したり、急変を狼煙などで知らせる通信拠点であったとも考えられる。
 一帯は関戸城跡とされているが、今はわずかにその一部を留めるのみで、山頂は削られ地形も変わっている。
多摩市教育委員会

上記の金毘羅宮にも行ってみます。
案内板によると、

新田義貞と北条泰家の戦いがあった場所なのですね。

関戸城跡を後にして、小径ホイール故に慎重に、一気にいろは坂通りを下る。気持ちイイ~~~!パトカーとすれ違うと笑って見ていたような・・・。

15時05分頃、聖蹟桜ヶ丘駅付近の多摩川右岸にて、そろそろ帰途につきます。
雲行きが怪しく雨がポツポツと・・・もし本降りになったら、電車で輪行して帰るつもりで走り出します。

思えば、この付近の多摩川右岸をあまり走ったことがなく、割と新鮮な景色が流れてゆきます。

苦しそうな顔をしておぼつかない足取りで走っている人生の大先輩と何人もすれ違いましたが、懸命に走る(若者の早歩きペース)その姿は、挑戦して戦っている人を笑えないどころか感動すら覚えてしまいました。

15時50分頃、JR中央線の多摩川鉄橋に突き当りました。

案内板があって、イギリスのニールソン社製の蒸気機関車が走っています。

橋脚には「日野煉瓦」が使われており、明治22年(1889)の架橋以来、橋桁と共に中央線の上り線路を支え続けています。

とのことで、登り線路側の橋脚と橋桁は当時モノのようです。凄いな!

ここからはひたすらマイペースで、漕いで漕いで家路を急ぐ。
雨がポツポツ時々来る。
オイラの後ろのロードバイク、とっとと抜かせばいいのについてくる~。
つうかユーもオレ同様に脚に来てる?(笑)サイクリングあるあるで、なんかペースが上がって漕いじゃうんだよね。えっほ えっほ。

17時00分頃、無事に帰宅しました~。

57キロ程、走ったようです。
昨日に続いてのポタリングでした。

小気味よい疲労感はイイネ。
自転車は地域の史跡巡りには便利なツールだと再認識いたしました。

また走りましょう!

折りたたみチャリで散走🐾

1/6、久しぶりに体重計に乗ってびっくり!
なんと70キロも・・・。
(;^_^A アセアセ・・・

ヤヴァイ・・・4キロも太ってる。
どおりでお顔のお肉も弛んでる訳で、有酸素運動が必須だなこりゃ!

と言うことで、暫く乗っていなくて、部屋の片隅で埃だらけのDwaf galaxy号 (BS スニーカーライト SNL163)のお掃除開始。

仕上げはチェーンに注油して、ピカピカの愛機が出来上がりました。
いい歳したオッサンが、しゃがんでmyチャリの写真を撮ってるよ。
(近所の視線が恥ずかしい)

13:55、走り出すと気持ちイイ!
久しぶりのチャリダーです。

ふんふんふ~ん♪
新春恒例の どんど焼き が3基、1/8の点火を待っているようです。
お正月ももう終わりですね。

漕いでいて、ん?と見ると、チェーンが少し弛んでいるようです。
調整してくれば良かった・・・自転車屋さんでやってもらっちゃおうかな?
ということで、福生の遊輪館さんに寄ってみる。
接客の合間にやっていただけました。
ありがと-!

「DAHON K3のタイヤはもう少し待っててね」とのことでした。
注文中なんです (´∀`*)ウフフ

遊輪館さんを後にして、なんとなく北上してみる。
道が分かれると、なんとなく進んでみたい方向に気ままに走れるのも、僕にとっての自転車の楽しみのひとつ。
走ったこともない路地を通過したり、小さな発見があったり、ちょこちょこ止まって辺りを見回して、時々スマホで検索したり。

入間市二本木の辺りで史跡で検索してみたら、すぐ近くに陸軍境界石と出てきたので行ってみます。

どうやら、旧陸軍の狭山飛行場がこの地にあって、その境界石だそうで、陸軍と石の側面に彫られています。
史跡ならぬ「史石」ですな。
すぐ横に電柱や舗装路があるので、往時とは位置が移動しているかも知れませんが、貴重な資料です。
なんとも地味ですが、大切に残していただきたいと願います。

久しぶりなんで、疲れたら電車で帰ろうと輪行バックも一応持ってきたけど、16:20に無事に自走で帰り着きました。

29キロ程、のんびりと走りました。
三桁キロは最近は走ってないな~。
でも楽しかった~。
自転車ってやっぱイイネ。

体重は 70キロ ⇒ 66キロ を目指します!

トレードで行き詰まったときに読む本

トレードで行き詰まったときに読む本
自分を知ることから始まる相場心理学
著者:マイケル・マーティン
監修:長尾慎太郎
訳者:井田京子
発行:2023/11
パンローリング

読んで気になったところ

勝ちトレードは保有し続け、負けトレードは損切りする。そして、リスクを管理し、逆指値注文(ストップ注文)を活用し、自分のシステムを使い続け、ニュースは無視する、(後略)P8

私の経験では、新しく建てたポジションが逆行すると、その動きは続くことが多い。良いトレードは、たいてい最初から利益が出るものだ。P30

(前略)トレーディングをしているときに気づいた感情をすべて日記に記録しておくとよい。P32

「結局、負けが負けを呼びます。負け始めると、心の中のマイナス要素に火が付き、悲観的な気持ちになります。トレーディングには集中力が求められ、そのためには事前の準備が必要です。(後略)」P97

ジム・ロジャースの言葉を借りれば、「含み損などというものは存在しない」。大きな損失も、最初は小さい損失だったはずだ。10%の損失は、2%の損失や5%の損失を経てそこまで大きくなったのだ。負けトレードは、のど元に迫るまで待たずに、膝の高さぐらいで損切りしてほしい。

トレーディングで利益を上げるには、小さい損失を受け入れること(もしくは何もしないで勝ちトレードを伸ばすこと)しかないことを理解していれば、気持ち良く小さな損失を受け入れられるだろう。P193

うまくいったことは必ず記録してほしい。成功トレードが今のあなたを導いてきてくれたのだ。さらに、朝の15~30分を使ってこれらのことを考え、自分をプラス思考にセットする時間を作ってほしい。P200

ひとつのツールや手法のスペシャリストになるということである。P204

人間の脳はすべてのインプットに反応するが、なかでも自分自身のために作り上げたインプットに最も反応する。自分が使いたいインプットを書き溜めていけば、利益を上げるために自分が望んでいる道が見つかる。P205

ウォーレン・バフェッドでさえ、PERが高すぎるという理由でマイクロソフトやアップルを買い損なった。自分の考えが正しかったことに「世界中の人もいずれは気づく」と思うのはあまりに傲慢だ。株や商品の価格はマーケットが決めるもので、アナリストが判断するものではない。P232

 タイトルのようにトレード関連の本なのですが、多くの事に共通する教えだなぁと思いました。

 最近は非効率な日常生活に忙殺されて、なかなか本を読む気にもなれなくて、積ん読の蔵書が増えてしまいましたが(読もうと思って買っても読めていない・・・笑)、今年は時間を作って、積ん読の蔵書を読みたいと思っております。