伝藤原秀郷居館跡ほか散走!

1/14 11:40頃、Dwaf galaxy号 (BS スニーカーライト SNL163)で自宅を出発。
寒いけど、いい天気だね。

多摩サイ左岸の羽村取水堰0キロポストにて。
(たまリバー50キロ)
のんびり気ままにマイペースで走ろう。

寒波の影響か、向い風が強い~~~。
服装はどのくらいの負荷で走るかによって変わるけど、本気で走るなら専用ウェアで、のんびりペースなら気楽に軽くて風を通さない暖かい格好でいいんじゃない。
オイラは、下は厚地の黒のレーパン(パールイズミの昔買ったやつ・おしりにパッド入り)、上は厚地のヒートテックに息子が着古したユニクロのパーカーにワークマンの防風ヤッケ(笑)でした。

向かい風が強いこんな日は、人出が少なくて、サイクリストにとっては空いていて走りやすい一面もある。
ランナーや歩行者と交錯するときは余裕をもって前後左右の安全確認をして、広いとはいえない多摩サイを快適に利用したいものですね。お互いにありがとうの合図は嬉しい。
走行ペースは暖機運転から巡航速度へ徐々に自然とペースUP!

12;45頃、JR中央線多摩川橋梁に差し掛かった時に、先週の右岸を思い出したので寄ってみる。

明治22年(1889)架橋の橋脚と橋梁。築135年の貴重なものです。

13;00頃、日野橋を潜って立川公園陸上競技場の付近にて、中央の遥か彼方に富士山が見えます。

まさにサイクリング日和。

時々止まって付近の史跡を検索、僕好みの中世の戦史ものを探してみる。

沿道の東屋や公園のベンチでお弁当を食べているサイクリストが多いと思ったら・・・そういえば、起きてから何も食べてなかった・・・そろそろ電池切れ(笑)です。

関戸橋~京王中川原駅界隈で食べ物屋さんを探してみるもお店が少ないようで・・・。
13;35頃、劉記(府中市住吉町)さんに入ってみました。

頼んだのはやはり大好物の天津丼。

たぶん中国系の方のお店で、本格的な街中華は具沢山でとても美味しかった~!
配膳のお姉さんも愛想よく可愛らしくてグ~ッでした!
メニューに天津丼があると必ず食べてしまうオイラです。
(好き嫌いのあまりないオイラの数少ない大好物)

チャージ完了、行き先を検索っと。
(この無計画行き当たりばったりがソロでは楽しい)

14;05頃、分倍河原古戦場碑に寄ってみる。
時は中世・鎌倉時代の終わり、新田義貞軍VS北条泰家軍の戦いです。

案内板によると

東京都指定旧跡
分倍河原古戦場
所在地 府中市分梅町2-59新田川分梅公園
指 定 大正8年10月
 文永(1274)、弘安(1281)の役を経験した頃、北条執権政治は根底からゆるぎ御家人救済の方法として徳政令を発布したが、これがかえって政権破滅の速度を早めた。元弘3年(1333)5月、新田義貞は執権北条高時を鎌倉に攻めるため、上野、武蔵、越後の兵を率いて上野国新田庄から一路南下し、所沢地方の小手指ヶ原で北条方の副将長崎高重、桜田貞国を破り(5月11日)、さらに、久米川の戦で優勢に立った。北条方は分倍に陣を敷き、北条泰家を総帥として新田勢を迎撃した。新田勢は破れて所沢方面に逃れたが、この時、武蔵国分寺は新田勢のために焼失させられたという。その夜(5月15日)、新田勢に三浦義勝をはじめ相模の豪族が多く協力し、16日未明再び分倍の北条勢を急襲し、これを破って一路鎌倉を攻め22日に鎌倉幕府は滅亡した。
 平成10年3月建設 東京都教育委員会

※文永・弘安の役 ⇒ 蒙古来襲

栄枯盛衰ですな・・・。

14:20頃、首塚古墳(府中市美好町3丁目)に寄ってみます。
正式には、高倉古墳群27号墳というらしい。お参りさせていただきました。
東西南北とも削り取られて中央部分のみ残って、古墳にせよ塚にせよ神社にせよ周りが様変わりしていて、うら寂しい感じがしていました。

案内板はありませんが、元は直径10m程の円墳だそうで、今は過半が削られているらしく、銅製品等が出土しているようで、他に「江戸名所図解」では分倍河原の戦いで討死した兵士の首塚・胴塚などとも称されているようです。

14;30頃、伝藤原秀郷居館跡(高安寺城跡)へ。
凄い立派な山門ですね。驚いた!
畏れ多くて潜らずに脇を通りました。

案内板によると

東京都指定歴史的建造物
高安寺本堂・山門・鐘楼
所在地 府中市片町二丁目4番1号
建設年 本堂 享和3年(1803)
    山門 明治5年(1872)
    鐘楼 安政3年(1856)
 龍門山高安寺は歴応年間に創設された臨済宗建長寺末であった。後に小田原北条氏滅亡後、慶長年間宗洞宗海禅寺の七世により再建された。
 本堂は木造平屋建て、屋根は寄棟造銅板葺(旧茅葺)、六つ間取で内部正面に広縁、両側面に入側縁から構成されている。内陣や大間の組物廻りに意匠を凝らした点に特徴が見られ、大縁(八尺間)は禅寺基本の姿をとどめている。
 山門は本堂の東方に位置する規模の大きい二重門である。木造(柱・梁等の構造材は全て欅)二階建てで、屋根は入母屋造銅板葺、柱は全て円柱である。初層の左右からも出入りできる点に特徴がある。
 鐘楼は本堂の北東、庫裏の前方に建っていて、木造(柱・梁等の構造材は全て欅)、袴腰付きで、屋根は宝形造銅板葺である。虹梁型頭貫の木鼻位置には龍の丸彫を配し、支輪板には鶴の浮彫彫刻を施すなど、山門と同様、彫刻装飾を多く取り入れている。
東京都生活文化局

まずは本堂にお参りしてから。

案内板によると

当山略縁記
 当山は往古 田原藤太秀郷公の館跡といわれ、その後市川山見性寺(宗派不明)が建立されたと伝えられている。しかし後に足利尊氏公将軍となるやこの寺を改めて、安国利生の祈願所として、龍門山高安護国禅寺を再建した。これは尊氏が全国(66ヵ国2島)に建立した安国寺の一つで、武蔵国のそれが当山である。
 当時は鎌倉建長寺末の臨済宗で、開山は大徹心禅師であった。時に歴慶年間と伝えられる。その昔は大伽藍で塔頭十院末寺も75院あり、寺領も広く東は代田村、西は貝坂、南は向山、北は山口に及んだという。
 その後兵乱の間しばしば将軍家の陣所となり、小田原北條氏の庇護も受けたが、暦年の兵戦を経て衰えて大利の姿も失っていった。時に慶長年間青梅の海禅寺第七世関州徳光禅師が、当山を再興し、済派を改めて宗洞州となり今日に至る。開基足利尊氏公の発願である安国利生の祈願所として、毎朝朝課前に、大般若経転読の祈祷を行なっている。
 本尊釈迦牟尼如来(文珠・普賢の三尊仏)
  みどころ
一、弁慶硯の井 見性寺と呼ばれた頃の事。義経は兄頼朝の怒りにふれ腰越まで来たが、鎌倉入りは許されなかった。やむなく京都へ帰る途中、暫く見性寺に足どめし、弁慶等と叔免祈願のため大般若経を写したという。その時裏山から清水を汲み取ったたので弁慶覗きの井の遺蹟がある。
一、秀郷稲荷 田原藤太秀郷公を当山鎮守として裏山にに祀る。
龍門山 高安寺 

弁慶硯の井戸は本堂の裏手(西側)にあるようです。
方位 北は↓ です。

秀郷稲荷大明神の北側の斜面(階段)を降りると、

弁慶硯の井戸がありました。

ふり返ると、

見事な自然崖を利用した土塁の遺構が残っているのではありませんか?
外周の道路を自転車で周って確認しましたが、西・南・東の三方を自然断崖を生かし、北方は恐らく人工的な空堀や土塁等で囲い、解説板にあるように非常時は城塞となる寺院だったのではないかと・・・埋もれた歴史に人々の営みや雑兵達の息吹や兵どもが夢の跡を感じてしまいました。

15;05頃、三千人塚へ。

塚の上には立派な榎が。

多摩地区最古の板碑ですって。

案内板によると

東京都指定史跡
三千人塚
所在地 府中市矢崎町二丁目21番2号
指 定 平成17年2月22日
 三千人塚は、江戸時代の地誌『武蔵名勝図絵』などにも紹介されている由緒ある塚です。塚の上には、多摩地区最古となる康元元年(1256)の板碑が建ててあり、「板碑の立つ塚」として、昔から注目されてきました。
 昭和30年に地元の郷土史家により、この塚の西側が発掘調査され、鎌倉時代から南北朝時代の蔵骨器(四個)が出土しています。
 平成17年に学術調査を行ったところ、塚の東側から、石にお経の文字を写した「磔石経」が大量に出土しました。この調査により、現存の塚の高まりは、元弘三年(1333)の分倍河原の合戦で亡くなった三千人の戦死者を埋葬したという伝承とは関係がなく、江戸時代に造られたものであることがわかりました。
 三千人塚は、鎌倉時代から室町時代の在地の有力者一族による小さな塚(墓)の点在した場所が、江戸時代には信仰の対象となり、地元の文化財として今日まで大切にされてきたといえます。
 平成18年3月1日 東京都教育委員会

とのことです。

さて、そろそろ帰途につかなきゃ。

15;20頃、JR南武線の府中本町駅へ。

愛機を折りたたんで輪行バックに収納し、電車で帰ることにします。
バス待ちの老紳士が、僕の方を見て「そりゃあいいアイデアだ」と、感心しておられました(笑)。

福生駅で降りて、16:30頃に遊輪館さんへ。

頼んでいた DAHON K3 の交換用のタイヤを受け取りました。

多摩サイに入って、家路を急がずのんびりと走ります。

夕陽が丘陵の向こうに落ちて綺麗だなぁ。
ふと、人々の営みを感じた一瞬があった。
オートバイもとても楽しいけれども、
自力で漕ぐ自転車もなかなかですぜ!

17:05頃に帰宅して、楽しかった~・・・でも風邪ひきそう。
本日は36キロほど走ったようです。
又、走りましょう。

折りたたみ自転車で散走🐾

1/7
11時45分頃に羽村の自宅をDwaf galaxy号 (BS スニーカーライト SNL163)で出発。
さぁてどこに行こうかと走りながら思案するも、なんとなく多摩川沿いを下ってゆく方向で。

何か思い浮かぶと止まって検索・・・走行は極めてマイペースです。
お腹が空いてきました・・・起きてから何も食べてなかった。
( ´艸`)。

12時35分頃、昭島市福島町の福島第五児童遊園に寄らせていただき、ベンチで自宅から持参したドーナツ2個を頬張って、道中の自販機で買った なっちゃんリンゴ味 で喉を潤します。自転車は食べ物を美味しくする魔法です!

小休憩してすぐ出発。いい天気だよ。

立日橋を渡って日野に入ります。そのまま多摩都市モノレール沿いを進んでみる。

13時10分頃、車ではよく前を通る万願寺の一里塚に寄ってみました。

初めて知ったのですが、モノレール沿いの大通りの一区間が旧甲州街道だと思い込んでいたのですが、そうではなくて旧甲州街道は塚の裏側を斜めに通っていたとは・・・愛機の写っている路地状部分が旧甲州街道だったとのことです。

上記の赤丸がここ、万願寺一里塚で、愛機が写っている路地状部分が下記の旧甲州街道の字の下辺りで、多摩都市モノレール沿いの大通りは歩道を含んだ道路となり、車から見える万願寺一里塚は歩道方面からの裏側の眺めだった訳です。

今まで車で、夜とはいえ週に何度も通っているのに、全く知りませんでした。

その辺りで検索してみまして、
13時25分頃、日野市万願寺4丁目にある田村氏館跡に寄ってみます。

田村氏の館跡は、現在 真言宗 智山派 田村山 安養寺 とのことなんですね。
案内板によると、

 安養寺は、その創立は明らかではないが、中世のこの地方の豪族、西党日奉氏の一族田村氏の居館跡といわれる。
 現本堂は再建されたもので、昭和57・58年(1982・83年)の修理時の調査等から、その建立は18世紀初頭を下らないものと見られる。建物は方丈形式で、元は茅葺であったが、大正7年(1918年)の修理時に向拝を取付け鉄板葺とし、上記昭和の修理時に屋根構造を復し銅板葺となった。庫裏も本堂と同時期の建立と見られ、江戸時代に造営された方丈形式の、本堂と庫裏が現存する好例である。

館跡の遺構は、通りすがりの僕にはわからなくて、万願寺中央公園北側の水路沿いの土盛りがもしや(土塁?)・・・とは思いましたが、なんともいえず、後日に市の教育委員会等の資料があれば、見てみたいなぁとは思いました。

13時55分頃、ぐ~~~・・・サイクリングはお腹が空きます。

百草園駅前のスーパーで おにぎり&ランチパック を買って、コーラのベンチでいただきま~す。

その辺りで検索してみまして、
14時30分頃、多摩市一ノ宮にある 神奈川県 水量標識 に寄ってみます。
何で多摩市で神奈川?って思うかも知れませんが、昔の多摩は神奈川だったんです。

後ろの二本の大きなケヤキは小野神社の御神木とのことで、昔はこの付近に一の鳥居があったとのことです。

水量標識とはこれか!?・・・ほとんど判読不能ですが・・・。

案内板によると、

神奈川県水量標識の由来
 この水量標識は、明治25年4月に神奈川県が設置したもので、当時この多摩市も三多摩の各市とともに百年前は神奈川県に属していた資料として貴重なものです。
 判読に不明な部分はありますが、「 水量標零点ヨリ」 拾尺   」 明治廿五年四月」 神奈川縣廳 」と刻まれています。また「水量標零点ヨリ」と刻まれている部分の前にも、さらに一行刻まれていたと思われます。
 当時、氾濫を繰り返していた多摩川の水位を測る目安としていたのではないかと考えられます。
 この水量標識がある場所は、当初設置されていた位置ではなく、多少移動しています。(後略)

とのことでしたよ。

14時40分頃、聖蹟桜ヶ丘の駅前に出てきました。

なにか面白いものはないかと検索してみると、関戸城跡の天守台跡と出てきました。
おいおい・・・ジブリアニメ「耳をすませば」の聖地でおなじみの、いろは坂通りを登れってか・・・うわ~無理だな・・・でも行ってみるか(笑)。

えっほ えっほ 三速の街乗り折りたたみサイクルでは(自転車のせいにすな)・・・鈍った脚にきたぁ~・・・真ん中ぐらいまで来て心臓が苦しくなりあっさり挫折(爆)・・・押し歩き。ショートカットの階段を愛機を抱えて登ります。それはそれでキツイ。

14時50分頃、山の上に到着。天守台(関戸城跡)の案内を見つけた。
そこへお散歩中のラブラドールが寄ってきた。
「おいでおいで」抱きつかれる!重~い。尻尾ふりふり超御機嫌。
可愛いね 。(⋈◍>◡<◍)。✧♡
好かれるって悪くないな・・・最近、人(♡)に好かれてないし・・・(爆)。

案内によると、

 桜ヶ丘一丁目の金毘羅宮(琴平社)付近を「天守台」などといい、一帯の山を「城山」ともいう。多摩川に面し、武蔵野台地を一望できる絶勝の地であることから、鎌倉幕府以来の物見台的城塞として敵を察知したり、急変を狼煙などで知らせる通信拠点であったとも考えられる。
 一帯は関戸城跡とされているが、今はわずかにその一部を留めるのみで、山頂は削られ地形も変わっている。
多摩市教育委員会

上記の金毘羅宮にも行ってみます。
案内板によると、

新田義貞と北条泰家の戦いがあった場所なのですね。

関戸城跡を後にして、小径ホイール故に慎重に、一気にいろは坂通りを下る。気持ちイイ~~~!パトカーとすれ違うと笑って見ていたような・・・。

15時05分頃、聖蹟桜ヶ丘駅付近の多摩川右岸にて、そろそろ帰途につきます。
雲行きが怪しく雨がポツポツと・・・もし本降りになったら、電車で輪行して帰るつもりで走り出します。

思えば、この付近の多摩川右岸をあまり走ったことがなく、割と新鮮な景色が流れてゆきます。

苦しそうな顔をしておぼつかない足取りで走っている人生の大先輩と何人もすれ違いましたが、懸命に走る(若者の早歩きペース)その姿は、挑戦して戦っている人を笑えないどころか感動すら覚えてしまいました。

15時50分頃、JR中央線の多摩川鉄橋に突き当りました。

案内板があって、イギリスのニールソン社製の蒸気機関車が走っています。

橋脚には「日野煉瓦」が使われており、明治22年(1889)の架橋以来、橋桁と共に中央線の上り線路を支え続けています。

とのことで、登り線路側の橋脚と橋桁は当時モノのようです。凄いな!

ここからはひたすらマイペースで、漕いで漕いで家路を急ぐ。
雨がポツポツ時々来る。
オイラの後ろのロードバイク、とっとと抜かせばいいのについてくる~。
つうかユーもオレ同様に脚に来てる?(笑)サイクリングあるあるで、なんかペースが上がって漕いじゃうんだよね。えっほ えっほ。

17時00分頃、無事に帰宅しました~。

57キロ程、走ったようです。
昨日に続いてのポタリングでした。

小気味よい疲労感はイイネ。
自転車は地域の史跡巡りには便利なツールだと再認識いたしました。

また走りましょう!

折りたたみチャリで散走🐾

1/6、久しぶりに体重計に乗ってびっくり!
なんと70キロも・・・。
(;^_^A アセアセ・・・

ヤヴァイ・・・4キロも太ってる。
どおりでお顔のお肉も弛んでる訳で、有酸素運動が必須だなこりゃ!

と言うことで、暫く乗っていなくて、部屋の片隅で埃だらけのDwaf galaxy号 (BS スニーカーライト SNL163)のお掃除開始。

仕上げはチェーンに注油して、ピカピカの愛機が出来上がりました。
いい歳したオッサンが、しゃがんでmyチャリの写真を撮ってるよ。
(近所の視線が恥ずかしい)

13:55、走り出すと気持ちイイ!
久しぶりのチャリダーです。

ふんふんふ~ん♪
新春恒例の どんど焼き が3基、1/8の点火を待っているようです。
お正月ももう終わりですね。

漕いでいて、ん?と見ると、チェーンが少し弛んでいるようです。
調整してくれば良かった・・・自転車屋さんでやってもらっちゃおうかな?
ということで、福生の遊輪館さんに寄ってみる。
接客の合間にやっていただけました。
ありがと-!

「DAHON K3のタイヤはもう少し待っててね」とのことでした。
注文中なんです (´∀`*)ウフフ

遊輪館さんを後にして、なんとなく北上してみる。
道が分かれると、なんとなく進んでみたい方向に気ままに走れるのも、僕にとっての自転車の楽しみのひとつ。
走ったこともない路地を通過したり、小さな発見があったり、ちょこちょこ止まって辺りを見回して、時々スマホで検索したり。

入間市二本木の辺りで史跡で検索してみたら、すぐ近くに陸軍境界石と出てきたので行ってみます。

どうやら、旧陸軍の狭山飛行場がこの地にあって、その境界石だそうで、陸軍と石の側面に彫られています。
史跡ならぬ「史石」ですな。
すぐ横に電柱や舗装路があるので、往時とは位置が移動しているかも知れませんが、貴重な資料です。
なんとも地味ですが、大切に残していただきたいと願います。

久しぶりなんで、疲れたら電車で帰ろうと輪行バックも一応持ってきたけど、16:20に無事に自走で帰り着きました。

29キロ程、のんびりと走りました。
三桁キロは最近は走ってないな~。
でも楽しかった~。
自転車ってやっぱイイネ。

体重は 70キロ ⇒ 66キロ を目指します!

土曜の夜と日曜AM

 昨夜は拝島で17:30に合流して、2020.11.29に飯能から入間川・荒川沿いを東京湾まで折りたたみ自転車で一緒に走った俊敏さんと飲むことになりました。

 「断わられるのも楽しもうぜ」と、予約なしで人気店の『大柴』さんの戸を一寸期待して潜ってみるも、やはり「満席です」と丁重に断られ(笑)、次の店もダメだろうな(笑)と逆期待してお向かいの『ハイカラ酒場』さんの戸を潜ってみたら、「お二人様どうぞ~」と一つだけ空いてたテーブル席に座れました・・・ラッキーですね!というか、もっと空席を探して徘徊してもよかったのですが・・・。

 ハイボールを飲みながら、串焼き盛り合わせ、とんぺい焼き、もつ鍋、枝豆、塩昆布キューリ、ポテトフライ、じゃがマヨ明太チーズなど美味しくいただきました。

 積もる話はお互いに盛沢山でしたが、特に食に関してはお互いに好き嫌いがないことや、出てくる食べ物に関しては、大抵食べてしまう等、食癖が似ていることや、学生時代の似た境遇・・・(爆)で盛り上がりました!

 俊敏さんは会社経営者でもあり、苦境に負けない力強い目力が印象的で、元気をいただきました。

 帰り際、駅前のコンビニで奥方様へ(酔っ払って電話して)のスウィーツを買って帰途につきました。途中で福生の七夕祭り帰りで友人と立ち話をしている小娘に遭遇。ご機嫌に「〇〇〇ちゃんのパパです」と手を振って挨拶しながら通り過ぎました(笑)。

 翌朝はゆっくり起きて(11時間爆睡)、午前中に小一時間ほど多摩川河川敷にて、ごみ拾い散歩を楽しみました。

 面白いもんで、吸い殻などの小物は袋の下に溜まり、マスクや紙コップなどの大物(笑)は袋の上に待機していて、割れたビンなどの危険物を拾ったときには切り口を包む梱包材となって袋が破れないように役立ったりして、拾う前後の因果関係に運命めいたものを感じたり(笑)、その思い付きの一手先に思わぬ世界が広がっていたり・・・ごみに導かれております。

 そこそこ集まりました。スタバ や 7-11 はやはり売れているんだな~と経済活動を良い意味で実感いたしました。個数でいうと断トツで煙草の吸い殻ですが、季節柄か花火も多かったですね~。空き缶や瓶を分別して、ごみ拾い散歩終了です。
 曇り時々雨で助かりました。

 お昼(朝昼兼用(笑))は、奥方様(野口さん)のつくってくれた冷やし中華を美味しくいただきました。

 よし、これから積ん読になってる本でも読もうか!

PINK LION 号

部屋の奥で、モワっと埃まみれの自転車。
小娘が年長さん~小学校低学年頃の愛機。
GIANT XTC20(2010年型)
「あれ、捨てていいの?」と嫁に言われ、
「捨てちゃダメ、掃除するよ」とオイラ。
ということで、数年ぶりに大掃除したし。

部屋の中にずっと置いてあっただけに、
埃をとり、水拭きすれば、ピカピカです。
(結構大変だったけどね~笑)
この、小さなマウンテンバイクちゃんが、
今でもお気に入りで、子離れ出来ません?
一緒にサイクリングに行ったも~ん。

羽村から東京湾まで一緒に走ったし!

もしもだけど、孫が出来たら、乗るかな?
( ^ω^)・・・なんてな。

オヤヂの勝手な妄想です。
(#^.^#)

有馬ダム + FAX散走

10/30 11:30~11:50頃、
久しぶりに有馬ダムに寄ってみました。

10時まで昭島で仕事の下見をしていて、
そのまま帰るのもなんだし寄ってみた。
往路は飯能寄りを、復路は青梅寄りを、
走ったけど、新しい道が出来てるね~。
というか、僕が走ってないだけかもね。
( ´艸`)

自宅のプリンターが不調にて、
PDF → FAXの為にコンビニへ。
久しぶりに乗ったぞ自転車。

ハンターカブ も K3 も、
選んだ訳でもなく偶然赤色なんですけど、
よくよく思えば、メーカーも偶然ですが、
HONDA と DAHON と似てますね。

なんでしょう・・・。
こういうこともあるんですね。
さっき、驚いちゃったんですよ。
今更ながら・・・ですが(笑)。

Cono Sur MALBEC BICICLETA LIMITED EDITION

コンビニで買ったリーズナブルなワイン、
美味しいっす。
普段飲みにベストっすね。
やっぱ 赤 です。

買ったとき、レジのアナウンスで、
Tカード、あったら出せっていうから、
読み込み機に差し込んだら、
カタコト日本語の外人さん、
支払いをカード決済にしやがって、
現金で払うのに・・・って言ったら、
「もう元には戻りませ~ん」
┐(´∀`)┌ヤレヤレ 的な態度・・・。

日本語よく分かりませ~ん 的な、
ワンオペな状況があって、
メンドクセーから、オッケーにした。

まぁ確かに、現金な原始マネーは、
外人からすると、日本人???かも?

Cono Sur CHARDONNAY BICICLETA RESERVA

珍しく、白っす。
美味しいけど、やっぱ赤が好きだな。
料理に合うとか合わないじゃなくて、
単純に赤の味の方が好きでやんす。

なんで白を買ったのかといえば、
自転車マークっす ( ´艸`) 。
なんかお洒落じゃん。

しっかし、酒の記事が続くと、
オイラ、まるで飲んだくれみたいじゃん。
違うんですってば・・・。
オイラは飲んだくれじゃないっす。
弱いんだけど一寸お酒を嗜む程度です。

職場の先輩女子がおつまみをくれました。
ワンワン>🐕
嬉しいっす。

美味しかったっす。

ありがとうございます。_(_^_)_

Top Gun:Maverick ② + 散走

10:40頃に家を出て、
羽村駅からJR青梅線に乗って、
立川駅のコインロッカーに愛機を格納し、
スタスタ歩いてシネマシティ1に到着。
案内でトップガンの上映を訪ねると、
シネマシティ2での上映とのこと。
スタスタ歩いて到着。あったあった。

館内の案内でネット申込の画面を見せて、
発券機の操作を訪ねたら、
「お申込はTOHOシネマ立川立飛です」
???・・・???・・・???
「こちらではなく、ららぽーと内ですよ」
はっ・・・マジか・・・やっちまったよ。
(;^_^A アセアセ・・・っと、
やべ・・・間に合うか・・・猛ダッシュ!
立川駅前まで走る・・・暑いのによぉ~。
自分の阿保さ加減に呆れつつ、駆けっこ。
タクシー乗り場どこだ・・・そこかぁ!
heyタクシーららぽーとの映画館まで!
(すいません、ららぽーとの映画館まで)
上映時間に間に合うか、はぁはぁ暑い。

到着、間に合った~!
危うく諦めるとこだったわい。
何事も諦めずにやってみることを学習。
(ポジティブ思考といってくれ(笑))

幸運を運んでくれた運転手さんサンキュ。
(お礼は400円のチップで)

ギリギリでした。よく間に合ったわ。
( ´艸`)

ど真ん中の席を確保していましたんで。
IMAXということで、凄い迫力でした。
2回目なんで、細部を観れる余裕があり、
回想シーンで チャーリー を見つけた!

しかしさ、続編でこんなに成功した作品、
僕は他に知らないな。凄い作品ですよ。
で、また観に行きますよ、きっと(笑)。

映画を観終わって、モノレール駅へ。
なんだ、ここにもコインロッカーあるね。
こんどは利用してみたいね。
今回はそれどこじゃなかったから。
歩きながら思った、僕のあの猛ダッシュ、
僕史に残るリカバリーだったと思う。
映画でトムが必死に走っていたとき、
思い出して笑いそうになりました。
今思うとマジ面白くて結果は幸運でした。

モノレールさん、ありがとう。バイバイ!

さて、ウィィィン・・・ガチャ、
立川駅の格納庫を開いて愛機をお迎え。
お待たせしました。

15:30 porco Rosso 号 ( DAHON K3 )、
立川駅より発進で~す。

市議の選挙が始まっていてうるさいです。
がんばってね~皆さん。

とりあえず、多摩サイ方面へ。
しかしお腹が張っている・・・苦しい。
映画館でオナラを我慢していたからな。
ガスが溜まって腸の調子よくないっす。
う~・・・屁を放出したいけど、
出ないよ~苦しいよ~。
アフターバーナーで出したいっす。

坂の途中に、戦争史跡がありました。
B29の爆弾が防空壕に直撃し、
子供32人と大人10人の
42人がここで亡くなったそうです。

今日ここに偶然来たのも何かの縁ですね。
戦争を考えろってことだと思います。
戦争にはいろいろな側面があります。

戦争や事故で一番やりきれないのは、
未来ある罪なき子供達が犠牲になること。
平和って尊いですね。
日常生活で苦しむことは多々あるけど、
それでも僕は恵まれていて幸運だと思う。

富士見町の辺りで多摩サイに出ました。

この辺りを走るのは久しぶりです。
空には力強い雲が陽射しを遮り、
幻想的な空模様をつくっています。

向かい風が・・・多摩サイだぁ~。
( ´艸`)

高月の堰の水面がキラキラ輝いてキレイ。

運動不足の身には向かい風はキツイけど、
無理せずに、少し無理して ( ´艸`) 、
漕ぐ 漕ぐ 漕ぐ 進む 進む 進む 。

そんなことが、なんか、楽しいんだよね。
おりたたみ自転車乗りの皆さん、
無理せず安全運転で楽しみましょう。

14キロ程走って、
17:00頃に帰宅しました。

ではまた。

おりたたぶ3,4

おりたたぶ 3
著者:こんちき
発行:2020/12
講談社

おりたたぶ 4
著者:こんちき
発行:2021/8
講談社

おりたたみ自転車が出てくるマンガ おりたたぶ 残念ながら全4巻で終了してしまいました。

2年前に「お父さんコレ知ってる?」って長男坊に教えてもらったマンガで、折りたたみ自転車での輪行サイクリング好きには、なかなかの入門書的な要素もあって、劇中にはいつものサイクリングロードも出てくるし、自転車の機能に詳しく、描写も手が込んでいて、なかなかの力作だったのですが・・・。

ちなみに我が愛機の、
BS SNEAKER LIGHT SNL163 は出て来ないし、
DAHON K3 はちょい出てきただけでした。

小径のおりたたみ自転車好きで未読の方がいらっしゃれば、是非お読みになることをお勧めいたします。