KSR110 弦月号 F-TIRE,R-BRAKE PAD,ENGINE OIL 交換

7/29

Kawasaki KSR110 弦月号の走行距離は、67189km。フロントタイヤ,リアブレーキパッド&フルード,エンジンオイルを交換します。

フロントタイヤ 交換前
IRC MB99 100/90-12 49J

 

フロントタイヤ 交換後
IRC MOBICITY SCT-001 100/90-12 59J

MB99は廃版、同等の後継品へ。

前回のフロントタイヤの交換は、記録によると 2014.5.18 の 46202km で、20987km 走っての交換となります。ちょっと走りすぎですね。スリップサインギリギリですし、グリップも落ちているでしょう。

 

左:リアブレーキパッド 交換後 RK

右:リアブレーキパッド 交換前 純正

前回のリアブレーキパッドの交換は、記録によると 2014.7.13 46989km で、20200km 走っての交換となります。よく走りましたが、パッドの残りとしてはギリギリセーフです。とはいえ効きを考えるともっと早い交換が望ましく、そろそろローターも交換すべきですが、次回としました。

 

前回のエンジンオイルの交換は、2018.4.1 64534km で、2655km 走っての交換となります。僕的には適切な交換サイクルです。WAKO’s から A.S.H VSE に銘柄を変えました。やはり新しいエンジンオイルは滑らかで、微細なエンジンノイズも減った感じです!

以上、あきる野市の オートショップ スクエア さんにて作業をしていただきました。

試運転という感じで愛機で街を流します。なんとなく足が向いたのは、横田基地。ちょうど僕の大好きな輸送機 C-5 GALAXY が離陸するところでした。

エンジン出力を大きく上げて、停止状態から巨体を前に推し出して、滑走路を力強く疾走し、フワッと浮き上がるまでの迫力のシーンは、何度見ても鳥肌がたってしまうほど感動的。全長75m 全幅68m 全高20m 自重170t 最大離陸重量380t 。こんな巨大な輸送機を1973年から130機も製造し、現在も50機体制で運用しているって、すごいことですよね。やはり補給や輸送体制こそが、地味ですが軍隊の要ですし、僕は興味があります。

C-5 GALAXY が飛び立った後、基地沿いで小休止。

試運転の感じは、フロントタイヤを交換すると操縦性が変わりますね。寝かせた状態での安定度が増しました(安定度が戻った?^^;)。シフトアップやダウンの感触がよくなりました。明らかにエンジン回転のフィーリングがよくなりました。音も少し品よくなったかも。

長く乗ってると、消耗品の交換、破損や故障個所の修理など、いろいろあるんだけど、そういうのとかをたくさん乗り越えていくと、いつのまにか、もはや手放せない相棒になってる(笑)。

サイクル野郎 1,2

サイクル野郎1 日本一周旅行出発の巻〈東京出発編〉
著者:荘司としお 発行:1974/8 少年画報社

サイクル野郎2 前途多難の巻
著者:荘司としお 発行:1974/12 少年画報社

1971 ~ 1979 年まで 少年キング に連載され、自転車漫画のさきがけとなった作品らしいです。このコミック全37巻は、義兄から「読んでみれば」とダンボール箱入りでお借りしたものです。お借りして箱入りのまま暫く時間が経過してしまいましたが、ついに読み始めました。

1971 ~ 1979 年といえば、ちょうど僕の小学生時代がすっぽり入る連載期間ですが、不思議と本作品は、おぼろな記憶しかないんですよね。ホント不思議です。小学生の中頃にミヤタの五段変速のセミドロップハンドルの自転車に乗っていたし、

その後はロードマンブームにも乗りましたし、本作品で語られている自転車ブームでしたが、何故か本作品の記憶はおぼろなんです。不思議です。小学生当時の漫画作品を思い返すと『サーキットの狼』とか『ガキデカ』とか『トイレット博士』とか『恐怖新聞』とか『ゼロの白鷹』とかはピンと来るのですが・・・・・・。

でもおかげで、本作品サイクル野郎は、新作として読めるとともに、作中のエピソードから時代背景を楽しめるし、きっと間接的に本作品の影響を当時の僕達は受けていたような気もします。

義兄さん、もうしばらくサイクル野郎をお借りします。読みはじめたら、面白くて懐かしくて途中じゃ止められないっす(笑)。伝説的な名作を貸してくれてありがとうございます。

(2018年の32,33冊目)

人類資金Ⅵ

人類資金Ⅵ

著者:福井晴敏 発行:2014/2

講談社文庫

 

読んでいて ぐっと きてしまったのは、

恐れを知らぬ者は愚か、恐れを知ってなお奮い立てるのが本当の勇気。友にするなら、勇気あるものを選べ (P29)

間違うだけの自由を日本は最初から与えられていなかった。アジア一の先進国になったのは、欧米資本が試用した新しい支配形態のモデルケースになったため。ドルの買い貯めも、石油の中東依存も、すべて戦勝国が立てた道筋にして、(中略)欧米資本の意向だ。与えられた環境の中で発展させられたというだけで、自分ではなにも決めてはいないし、なにも手に入れていない。(P41)

戦後の〝ヤミ〟の中で培われてきた仕組み、日本を独立国家たらしめる取り決めの数々は、復興と高度成長の熱が去ったあとでは欺瞞とごまかしの堆積としか見えず、かと言ってそれを変える手立ても自由もありはしない。(P42)

奴らの奴隷を三十年も続けてきた日本には、危機に対処する国力を持つという発想すらない。(P47)

倫理も道義も麻痺させられた実験国家であるがゆえに、資本の暴走にいち早く順応した日本。(P73)

 

物語も残すところあと一巻となってしまいました。福井さんの作品は、物語のストーリー自体が面白いのはもちろんですが、背景的な描写や解説がとても長く、勉強にもなるし楽しめるんですよね。解説の長さでは大好きな大藪晴彦(代表作:汚れた英雄など)作品が思い浮かびますが、『亡国のイージス』では大藪晴彦賞も受賞されていますし。第Ⅶ巻はどうなるのかな・・・先程本屋さんに注文しました。楽しみだな。

(2018年の31冊目)

卓上扇風機の故障と修理

7月2日の記事 復活 卓上扇風機くん の Fair Wind 扇風機 ですが、プラスチックが溶ける匂いがするようになり・・・異常発生。本体背面モーターカバーに熱はなく異常なし。コード途中のスイッチを手に取ると熱い・・・異常確認!

ひっくり返すと、なんと溶けてる!!!

分解すると焦げてる。スイッチの寿命だ。

古い機器にはパーツの寿命はつきものね。

ちょっとガタついてるなとは思ってたよ。

スイッチを交換しなきゃ・・・深夜だし、

ドンキの多摩瑞穂店へ行くも無し・・・。

翌日にイオン日の出ノジマに行くと、

ありました~、スイッチ、やった~!

Panasonic WH5403WP

ベター3A中間スイッチ 平形コード用

古いスイッチを外し、配線の皮むきをし、

締める向きに配線を巻いてネジを締めて、

完成しました。

スイッチONで快調に回転し始めました。

嬉しいね。古い扇風機ですが大切に使いたいです。こうした小さなトラブルは、ないに越したことはありませんが、バイクや車や自転車もそうですが、古いものを使い続けるにあたっては仕方がない部分でもあるのかなと。放置すれば危険だし、異常を察知して乗り越えられたら、愛着も出て楽しいよ!

あと、自分で対処したことは、楽しみも含めて自己責任です。

プロに任せる。新しいものに買い替えるのも、いいと思うよ。

ガチャガチャ 合掌 ?

軽めの昼食を買いに行ったとき、ふと、

ガチャに目が留まる・・・合掌?

可笑しくなって久しぶりに200円投入。

おお~っ狙ってた芝犬が出てきた!

かわいい~っお盆休みらしくていい!

職場パソに鎮座してもらいました。

 

僕ら世代の子供の頃は、確か20円ぐらいで、スーパーカー消しゴムのガチャガチャをやりました。タイヤの下に瞬間接着剤を塗って抵抗を減らし、BOXYのボールペンのバネをダブル又はペンを切り詰めたりして強化、チューンナップして速力や飛距離を増したり(笑)、ピーキーになったマシンのコントロールを競ったり。車種、色、レアもの、当たりで大きいのが貰えたり、子供心をうまく捉えた商品企画には、いま思っても脱帽ですね。

あれからうん十年、テレビでやってたけど、空港の国際線カウンター近辺には、訪日外国人が日本を離れる前に日本円硬貨を落としてもらおうと、ものすごい数のガチャが設置してあった。

グリコのおまけとか、ガチャとか、限られた条件を逆手にとって、アイデアを次々に具体化して商品化。一つ一つは小さなビジネスだけど、お客様と楽しさや満足感を共有し、それを積み重ねて広げてゆくことは、面白いなと改めて思う。

面白いことって、気づいてないだけで、実はたくさんありますね。

Cheap CASIO

CASIO F-105 のバンドが切れた。
実はすでに純正バンドは二本目で、
作業用腕時計としては大のお気に入り。
三本目のバンドはちょいと遊んで、
いわゆるNATOタイプのにしてみた。
(ダイソー NATO タイプ ラインB)

この腕時計はいわゆるチープカシオなんて
言われてて、安物なんですけど、
薄くて軽くて、日常作業時なんかには
使いやすいんで、もう何年も相棒です。
壊れなければ、電池が切れるまで、
バッチリ使いますよ!

CASIO F-91W 本体だけもあり、
(上記二本目のバンド取り用となる)
そいつもバンドだけを買って、
チープ二号機にしようかな。

小さい どうでもいい ネタだね。

ネットがつながらなかったので仕方なく本を1000冊読んで考えた

ネットがつながらなかったので仕方なく
本を1000冊読んで考えた
そしたら以外に役立った

著者:堀江貴文 発行:2013/08
角川書店

一冊は買おうと古本屋さんに入ったけど、これはと思う本を見つけられず、仕方なくというか、なんとなくというか、面白いかもと思って買ってみたけれど、さすがホリエモンですね、面白かったです!

言葉として納得したり、僕も読んでみたいなと思ったりした本は、

 

やってみたいと思ったら(中略)実際にやってみること。(P27)

『理系の子 - 高校生科学オリンピックの青春』著者:ジュディ・ダットン 訳者:横山啓明

子供たちに必要なのは夢や希望だということ。(P42)

情報が入ってきたら(中略)アウトプットする習慣をつける。(P43)

(前略)可能なのだから、実現されることが自然なのだ。(P47)

自分の仕事が一種類しかないというのは、時代遅れではないだろうか?(P51)

自分が欲しいサービス・モノをつくりたいと、ただただ思って行動している。(P52)

自分でやってみて、そこから自分だけに見える風景を目に焼き付けること。(P57)

〝上り調子〟を演出(P78)

『山賊ダイアリー』著者:岡本健太郎

どう生きるかを決めるのは自分自身だが、人がどう生きたかを教えてくれるのは、案外、本だけだったりする。(P87)

勝利への恍惚感と興奮が入り乱れた「さあ、どうなる?」という感覚。これは人生で数あるラッキーな瞬間において、〝さらに踏み込んだ者〟だけが手にすることができる。(P91)

やはり知識を持っている者だけだ。(P105)

これから物事を起こすために必要なのは、結果論の分析ではなく、0を1にする行動でしかない。(P121)

未知を既知にしていく喜びは、人を永遠の少年にする。(P138)

『経済ってそういうことだったのか会議』著者:竹中平蔵,佐藤雅彦

『日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門 - もう代案はありません』著者:藤沢数希

『グラゼニ』原作:森高夕次 漫画:アダチケイジ

何が新情報で、どこまでが旧情報かの土地勘が身につけばいいのだ。(P166)

訳というのはただの機械的作業ではなく、異なる言語間での〝意味の移動〟がいかに上手くできるかにかかっていると言えるだろう。(P168)

 

ホリエモンさんのことを僕はあまり好きではありません。好きではありませんが、とても優秀な方で、言っていることはストレートで、挑発的で、誤解を招きやすいというか、あえて喧嘩を売っているというか、あると思いますが、言っていることは結構正しいと思っています。

(2018年の30冊目)

高幡鹿島台ガーデン54 & フォレステージ高幡鹿島台

2018.7.14 12:45 多摩都市モノレールに乗って程久保駅で下車。愛機 Dwarf galaxy 号とともに降り立つ。30度超えの気温、日射、舗装の照り返し、目的地方向の丘を見上げていると、折りたたみ自転車で来たことを少し後悔しましたが、上り坂も検証してみようと思います。

中程久保から西に向かって斜面を登り始める。200mほど進んだら右折して北に向かって更に急な坂を登り始める。たった3速ギアの折りたたみ自転車にとっては、かなりの坂で、道路沿いの塀の目地を見ると勾配がわかろうかというものです。この真っ直ぐで長い急坂は、積雪やアイスバ-ンの際はどうするのだろうかとか、道路でキャッチボールや玉蹴り遊びなどしてキャッチし損ねたらどうなるのだろうかとか、ブレーキの効かない子供の自転車の暴走等々、妄想は膨らんで、恐怖を覚えてしまいました。車庫入れで車のフレームが歪まないかなぁとかも・・・。

丘を越え、道は急な上り坂(南斜面)から緩い下り坂(北斜面)に変わりました。左手には高幡鹿島台のガーデン54とフォレステージの内部に開かれた住宅街が広がっているようです。先に高幡鹿島台ガーデン54(1984)のほうから訪れてみます。

建築家:宮脇 檀さんが宅造設計の段階から環境計画に取り組んだとのことで、ボンエルフ、ポケットパーク、フットパス、生垣、街路樹、シンボルツリー、門扉、門灯、駐車場などを統一して、連続性のあるヒューマンスケールの美しい街並みがそこにはありました。そこだけ別世界といってもいい街並みでした。

ボンエルフ(生活道路において、車道を蛇行させるなどして自動車の速度を下げさせ、歩行者との共存を図ろうとする道路 Wikipedia)、生垣、シンボルツリー、門扉、門灯、駐車場などの外構が統一された美しい街並み。

街区を横切るフットパス(小道)は、風や光が駆け抜け、街路と直行する生活動線をとっていて、視覚的にも楽しい変化があった。

住宅方向にはカメラを向けなかったのですが、空き地があったので向けさせていただきました。まさに宮脇 檀さんの設計した住宅地という感じですね。このデザインは1984年ということで34年も前のものですが、これらのデザインが、今日の住宅メーカーや街の外構に与えた影響はとても大きいと思いました。

ポケットパークは、息抜き、コミュニケーションの場、住宅街の品位や快適性を高めていました。

仕事柄か地面のことが気になるのですが、植樹ますや雨水側溝がコンクリート製でなく、煉瓦を斜めに使用したものであることに感動してしまいました。こういう部分でも人への配慮が感じられますね。公共の建物の外構でこういう納まりはあると思いますが、もしやその元祖なのかな・・・と思ったもので。

擁壁の水抜き穴も目地と組み合わされて四角くて(中の塩ビパイプは丸形ですが)、カッコイイですね。

緩い曲線と並木と街路灯と植樹桝とボンエルフ。30数年が経過し、痛みもありますが、それも含めて美しい街並みだと思います。

住宅街の並木とは。

フットパス(小道)とは。ポケットパークとは。

隣接するフォレステージ高幡鹿島台(1997)へ。

上記の高幡鹿島台ガーデン54に隣接した社宅跡地を、宮脇 檀さんの設計で再開発した住宅地とのことです。

ガーデン54とは趣を変えて、緑化されて緩やかに曲がる街並みと、クルドサック型(道路の末端がサークル状で自動車はUターン可能)の道路及び広場には、居住者共有のシンボルツリーで緑化された憩いの場が広がっていました。

ここの擁壁の水抜き穴は四角くではなくて丸形でしたが、やはり目地と組み合わされていて、美しい納まりなのではないかと思いました。

シンボルツリーの廻りを廻れることについて、宮脇 檀さんの住宅設計では特徴的な回遊性というものを、意識してしまいました。楽しい広場ですね。井戸でもあれば井戸端会議に華が咲きそうです。

緑化されて緩やかに曲がる街並み・・・なかなかここまでは一般の住宅街では計画することは出来ないでしょう。ですが、これからの郊外の街並みは、長所がないと過疎化して没落してゆくケースが増えると思います。

高幡鹿島台ガーデン54、

フォレステージ高幡鹿島台、

ともに素晴らしい住宅街でした。

建築家:宮脇 檀さんの住宅設計に対する圧倒的なスペックや熱意を、一端から思い知らされるような経験になりました。

ガーデン54とフォレスレージともに、街区内外では素晴らしい設計でしたが、街区の外側に広がる一帯は、斜面と言うこともあって、住むにはそれなりの覚悟がいる場所と感じました。冒頭で述べましたが、積雪、アイスバ-ン、道路で遊べない、自転車には不向き(電動アシスト必須(自転車趣味人除く))、なにより年を取ったら歩いて買い物や駅に行くことも難しいので、これからはライフラインの維持も含めてどうなのかなと思いました。なにか、坂の街として、地域をけん引するものが必要なのではないかとも思いました。

すぐ北東には、高幡城址があるので(そういう厳しい地形ということです)、別の機会に行ってみたいと思います。

13:45 程久保駅にて愛機を輪行バックに収納して、多摩都市モノレールに再び乗り込みます。予定より早く戻りましたが、坂道で頑張りすぎたのと、この猛暑で参ってしまったからです。宮脇 檀さんの設計した・・・ということでなければ、折りたたみ自転車で丘を登ることもなかったでしょう(笑)。

モノレール車内で、近くの二人組の女子高生が「あのバックに何が入っているのかな?」「たぶん折りたたみ自転車だよ」と、話しているではありませんか。よく分かったなと感心しました。さすがだね。なんか嬉しかったな。

地元の駅を降りて、古本屋さんへ。一冊必ず何か買おうと決めて店に入るも、これはと思える本を見つけられず。仕方なく何年か前の本だけど、ホリエモンが刑務所で1000冊の本を読んだらしいので、面白そうなので買ってみた。刑務所もスキルにして、起き上がって来るのは凄いなと思います。ロケットも造ってるし。

17:15 福生にて、多摩サイの夕陽を望む。

17:30 帰宅しました。

自宅~駅 程久保駅~現地~程久保駅 駅~古本屋~自宅 の行程で、本日は15㌔ほど走りました。

暑かった~。ポロシャツが、汗で蒸れて、エアコンで乾いてを繰り返して、帰宅時にはプール帰りの海パンみたいな匂いになってた(笑)。

世界で一番美しい住宅デザインの教科書

世界で一番美しい住宅デザインの教科書

巨匠『宮脇 檀』に学ぶ家の仕組み

著者:中山繁信 発行:2012/11

X-Knowledge

久しぶりに、建築家 宮脇 檀さん関連の本を読みました。僕の本棚には宮脇さんの本が10冊ほどあります。軽い気持ちで読みはじめたのですが、スケッチや図面、写真や解説文を見ているうちに、今は亡き宮脇 檀さんの住宅設計者としての才能に圧倒されたのか、震えてしまいました・・・。そのすぐ後に地震が来て、辺り一帯が震えだして更に驚きましたが(笑)。僕が言うまでもなく、宮脇 檀さんは、巨匠と言われる建築家でしたが、亡くなってもう20年にもなるのに、今でもその作品の斬新さは色褪せていないと思います。残念ながら既に現存しない作品も多いとは思いますが、見てみたいと思いました。没後20年の回願展がやっていたようですが、どうやら間に合わなかったようです。残念です。なにかやっていたらみたいです。

読んでみて、ぐっと来たところは、ほとんど全部なんですが、少しだけ紹介したいです。

 

作品も人柄も「モダンディズム」
宮脇さんは誰もが認めるダンディな建築家であった。そして、外見ばかりでなくセンスも良い。「モダンな住宅を設計するダンディな建築家」を略して、私はこう呼んでいる。(P22)

狭い空間を有効に使うこつは、こういった綿密な下調べと、それにもとづく細かく丁寧な設計にあるのだ。造付けの家具とは、収納棚のオーダーメイド化である。既製品の収納箪笥のように無駄な空間をつくってしまっては、建て主に満足してもらうことはできないだろう。(P46)

宮脇さんは都市部の建築の外壁には派手な色を塗るが、別荘地では内部に強い色を使う。それは、自然と調和させるための配慮が必要な外部とのコントラストでもある。(P62)

宮脇さんはこの石津氏から山中湖の別荘の設計を依頼された。石津氏が当時の若き建築家 宮脇 檀 に依頼した時の一言が「面白い家の案ができるまで見せなくていい」であった。(P76)

センチ刻みの設計
私はこれほど細部にわたって神経が配られ、何1つ無駄なスペースを出さずに設計された住宅を見たことがない。収納も一切の無駄をなくすため、必要なモノとその寸法が徹底的に洗い出され、それらをしまう場所を決めたうえで設計している。(P118)

リビングより半階上がり、45度の角度に振られたブースには、上部の高い吹抜けの解放感がある。リビングを上から見降ろす位置でとる食事は、このうえなく楽しく、そして心地よい。(P126)

しかし宮脇流住宅では、和洋室にかかわらず、必ずと言って良いほどこの障子が用いられているのである。(中略)
宮脇さんは、紙の張り替えが必要な障子を敬遠して、カーテンを好むクライアントを嫌った。きちんと手入れができなければ、美しい空間に住む資格はないというこだわりである。(P174)

高幡鹿島台ガーデン54(P178)

 

是非、本書を読んでみてほしいです。スケッチや図面、写真や解説文などの内容を考えると、ものすごくお得な本といえるでしょう。

(2018年の29冊目)