明白院 山門

仕事の現場の近くに、日向和田の館(館)の城の城跡がある。もう何年も前に行ったきりですが、近くのお寺に家臣の屋敷の門が移築されているというので、現場からの帰りに寄ってみました。

車窓から探しながら、山門が視界に入ってきたときは、そこだけ時空が異なっているようで、お寺の山門としては小さな規模だと思いますが、その存在感はとても大きなものでした。

三田氏といえば、この地域の在地領主で、戦国時代に上杉謙信の側についたまま徹底抗戦し、ついには八王子の滝山城主となった北条氏照の軍勢に敗れ去ってしまったのですよね。

その遺臣の野口氏(松月良永・1629寂)がお寺さんの開基となったということで、三田氏⇒北条氏⇒豊臣氏⇒徳川氏と移り変わる激動の時代が伝わってくるようです。

山門は、館(楯)の城跡にあった田辺宇太夫屋敷の門を移築したとのことで、当時の貴重な古構を今に伝えているようです。

400年の長きにわたって人々の営みを見守ってきた山門です。柱や梁には時の風化が黒く年輪の皺となり、厳しくも優しくお寺を守りながら道行く人々を見ているようでした。

いつまでも大切に。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です